第22〜23区間;ルーマニアの旅   和田 航一 記

             97.11.10 藤田一郎(1期)、和田航一(3期)

月日天気歩行場所距離道路安全評価
11月3日晴れナドラク〜ペリアム25キロ農道
11月4日晴れペリアム〜サチネス30キロ(和田)街道
   晴れサチネス〜ティミショアラ24キロ(藤田)農道×
11月5日晴れティミショアラ〜プジアス28キロ街道
11月6日晴れプジアス〜ルゴシュ28キロ街道
11月7日曇りルゴシュ〜サクウ23キロ(藤田)街道
曇りサクウ〜カランセベス22キロ(和田)街道
(次の24区は街道ならば単独でもOK、25区は2人以上をすすめる。)


11月1日(日)晴れ
ブタペストへはモスクワで一泊する。高級ホテル・ノポチルのトランジットエリアは エレベータに鍵がかけられこれぞかの収容所。ルームサービスで沈黙気味の夕食を済 ませる。ビール1缶600円も影響した。

11月2日(月)晴れ
朝の便で、ブタペストに昼前に着き、王宮の丘に登り、漁夫の砦からドナウ川を眺め、 くさり橋を渡り、市中を散策する。列車を待つ間、うまくて安いビ−ルで昨夜のカタキ をうつ。
 ルーマニア国境に近いセゲドで泊まる。一流レストランでの郷土料理はナマズのフラ イに七面鳥のステーキ。サービスも満点ハンガリー万歳だ。

11月3日(火)晴れ
早朝の長距離バスはジプシイの一家などと一緒。国境のナドラクの検問所で私達のた めに30分止まる。バスを降りていたら、もっとかかる。
 ルーマニアの旅はナドラクから始まる。検問所から300m、闇ドル屋にナドラクへの 道を確かめ、二人は歩きだした。
町をはずれるあたりで、教えられたとおり、トウモロ コシ畑のなかの道をムレシュ川にむかって歩く。白転車に乗ったおばさんの後を追うと いっのまにか、トウモロコシの茂みに消える。二人の持っている75万分の1の地図で は、この川をどこで渡れるかがはっきりしないのが不安である。農夫の一家が乗った馬 車に出会い写真をとると、ぜひ写真を送れと住所を書く。

<ハンガリーとルーマニアの国境、ナドラク側。
    ここが今回の出発地。和田(3期)>

<イグレスの家に帰るというおばさんに
   道案内をしてもらう。>

 川に出会ってからしばらく行くと対岸から一本のロープが渡された岸に出た。平底の 渡し船は、このロープに、滑車の付いた二本のロープで結ばれ、その長さを船のウイン チで加減して船を川の流れに斜めにし、流れを利用して静に80mはどの川を渡る。


<ムレッシュ河は、幅が広く流れも早い。藤田(1期)>

<渡河点がやっと見つかる。はしけがやってきた>

対岸の村に入ると、屋根の形の異なる教会が二つある。ハンガリ−人、ルーマニア人、 セルビア人などの住むこのあたりでは、各々の宗派の教会が必要なのだろう。道の両側 の広い草地には鶏、七面鳥、あひるが遊ぶ。
村と村をつなぐ街道は、両側に地平線までトウモロコシ畑が続く。今日の歩きの終点 ペリアム村で出会ったエルミチおじさん、奢るからと村のバアに誘われ、郷土料理の豚 の粗挽のつくね、ミティティとビールをご馳走になり、駅まで見送られる。写真を送る 事を約束する。
ローカル列車は4両の客車をデーゼル機関車がひく。すっかり暗くなっ たが客車の蛍光灯は全部外されていて真っ暗のまま。ティミシヨアラ駅前でタクシーの 運転手にホテルを尋ねていると、髭面の青年が英語で話しかけてきて、タクシーで二つ 星のホテル、バナトゥルまで案内してくれた。彼はグルジアへ登山で行ったが、しょっ ちゅう検問だったそうだ。それはいいことだ。私達はここをベースに3泊するつもり。


<ペリアム村のエルミチおじさんと和田、藤田>
11月4日(火)晴れ
 ペリアム、ティミショアラ間54kmはサチネスを境にして各々一人旅でつなぐこととする。
藤田さんはサチネス駅8:45発、鉄道線路沿いの農道をゆく。ここの辺り、石油汲み 上げの小さな井戸が点々と畑の中にあり、ギッタンパッタンと動いている。茶色くなっ たとうもろこし畑中の道。ホドニから丘越えの草原の道16kmでサンナンドレ。ここ からは街道を行く。15:15ティミショアラ着。
 農道は車が−台、人が二人、野犬 が二匹、あまりすすめられぬ道。二人でも車の多い人目のある街道にしよう。この2日 間でトラクタや車に3回も「乗れよ」といわれねさすがはルーマニア人だ。
 和田は、ペリアムから鉄道線路沿いの街道をサチネスに向かう。街道は時たま、刈り 取ったトウモロコシを山積みにした荷馬車、農業トラクタ、自動車が通る。1km毎に コンクリート製の距離標がある。1時間5kmのピッチで快調に歩く。
 夕暮れのサチネス村は、小枝を持った子供に追われて家に戻る牛で道がいっぱいにな る。レンガ造りの家の煙突にはコウノトリの巣がのっている。
日没は17時半、真紅の 太陽が地平線に沈むと急に寒くなる。駅の待合室は真っ暗で寒い。

11月5日(水)晴れ寒い朝、0度C、川面が凍る。
 ティミショアラからプジアスまでは二人で街道をゆく。道端には単にはねられたハリ ネズミの死骸が転がっている。路傍の小さな十字架は交通事故にあった人のもの。
道をたずねたガソリンスタンドのオーナにコートをご馳走になり、食事のできるレ ストランの場所をおそわる。村の道端に点々とある手漕ぎの井戸でつめたい水を飲む。 ブジアスの町のプチレストランでめちゃくちゃかわいい娘のおすすめのステーキ、ビー ルで乾杯する。
 ティミショアラに戻って夜の市内を二人で散歩する。
1989年12月、反チャウチ ェスク革命の口火となった広場にあるルーマニア正教会の階段では、教会に逃げ込む子 供たちの背後から治安部隊の銃弾が浴びせられ、多くの血が流されたという。それを弔 う大小二つの木の十字架が建っている。広場の両側の商店街はにぎやかで、昨夜は向か い側にあるオペラ劇場でオペラが上演され、盛装した観客が集まったとのこと。


11月6(木)晴れ、寒い、0度C
 フジアスからルゴシュまで、二人で街道をゆく。
街道の両側には大きな木の並木がどこまでも鏡く。街道はゆるい坂を登るとはじめて森 の申を通る。黄色く染まった椎の木の美林のなか、木漏れ陽の逆光線でかわるがわる写 真を撮る。二人の先を斧をもった年取った樵が一人とぼとぼと歩く。
 ふたたび平野にでると、ひつじの群れが街道を横切るのに出会う、近づくと牧羊犬が 激しく吠えかかる。かなり獰猛な顔っきの犬だ。これからの西のコースでは牧羊犬に気 を付けなくてはいけない。
パンの塊に自分のつばを付けて遠くに投げて犬から逃げるんだと藤田さんがいう。 この二日間の寒さは特別だったそうだ。


11月7日(金)曇り、南風吹く、暖かい朝、8度C位
 ルゴシュから今回の旅の終点カランセベスまでの幹線街道45kmを二分し、一人旅とする。
ルゴシュ駅前で和田さんと別れ、街道をひたすら風に向かってゆるいだらだら坂を登 る。ゆくほどに左側に低い山が見えてきた。このあたり小農が多く、人手でとうもろこ しを収穫している。ティミッシュ県をはずれ、カラズ県に入る。まだ、バナトゥルの沃 野は続く。
 サクウで小さな子供たちと遊び、持参した日本の絵葉書をあげた。乾いたのどを小駅 サクウの、半分干乾びたぶどうでいやした。南に遠く雪山ふたつ。車の通る街道筋なら 「人歩きもOKだ。
 和田は、ルゴシュからサクウまで列車。街道を向かい風の中、カランセベスに向かう。
幹線街道といっても車の通りは少ない。ガソリンスタンドだけが7−8kmごとにある。
 おそい昼めしのパンをバス停で食べる。バスを待つ3人の少年と身振り手振りで話す。 バスから降りてきた学校帰りの小さな女の子にワイフが持たせてくれた折り紙の折鶴と 帆掛け船をあげた。
今回の旅の終点カランセベスの街からは夕日こ染まる雪をかぶった山が見える。次の 区間の人は、このの山地の渓谷沿いの景勝地をドナウ河岸のセベリンまで歩くことにな る。次のためにホテルをさがす。
昨夜調べておいたインターシティに乗り、ティミショ アラに戻るつもり。列車が走り出してから暮れかかる外を見ると、山が近づいてくる。
煙草の火を借りにきた近くのコンパ−トメントにいた若い兵隊に、この列車はティミシ ョアラに行くかと聞くと、反対方向のブカレスト行きだという。彼の通訳で車掌に次に 止まる駅を聞くと、ドナウ河岸のセベリンで折り返せという。
ままよと腹をくくって彼 と片言の英語で話こむ、腕時計をちらちら見ていると、自分の時計も日本製だ、交換し ないかという。お世話になったことでもあるし、こんなこともあろうかと腕にしていた 自分の安物の時計と交換する。列車は急勾配のトンネルを幾つもぬけ、まもなく、真っ 暗な中に光る広い水面が見えた。ドナウ河だ。
セベリンの駅で4時間待ち、列車で藤田 さんの待つティミショアラのホテルに着いたのは午前3時、藤田さんは心配してホテル の支配人とどうやって捜そうかと、おそくまで相談していたそうな。申し訳ありません、 ご心配をかけました。


<サクウの子供たち>

<サクウの女駅長さん、手を振ってくれた>
11月8日(土)晴れ
 ティミショアラからアラド経由ブタペストに戻る5時間の列車のなかで一緒になった 中年のビジネスマンMrイヴァンほ、24年間にわたるチャウチェスク時代の後のルー マニアの教育、経済などの問題点を熱っぽく語り適した。おかげでハンガリー大平原は、 ちらと眺めただけでした。
              駅のホテル案内所で紹介されたエリザベート橋近くのペンションに落ち着いてから夕 方の街に出る。待望のラーツ温泉は直径20mはどの浴槽に越中風のふんどしをたらし た大勢の裸の男ばかり。(ホモはいた)
 36度の湯に30分も入り旅の疲れをとる。立ち寄ったバアの若くて美しいママにハ ンガリ料理の店を紹介してもらう。ジプシイの楽土がヴァイオリンとギターを奏でるこ じんまりと落ち着いた店。藤田さんがすすめる95年ものの赤ワインと鹿の肉のステー キ、パプリカ(ピーマンの一種)風味のビリッとした野菜スープの豪勢なデナーで無事 を祝った。

11月9日(日)
 朝、枯れ葉の敷きつめられたドナウ河畔を歩き、今回の旅の名残を味わう。
空港のレストランで、二人の持っていたフォリント貨をコインまで全部使いきったら特 大のオムレツにケーキ付きの妙な朝食になった。
 モスクワまで戻ると、ヨーロッパ各地から成田へ乗り継ぐ若い日本人が大勢目立つ。 2時間はどの待ち合わせで、雪のちらつく暗くなったモスクワを立ち成田に向かう。

11月10日(月)晴れ
 成田着午前9時半、気温18度。ルーマニアもハンガリーもこの時季は日本と同じ陽 気で、セータを着たのは暖房の効かないホテルぐらいで、過ごしやすい陽気でした。
 前回は靴づれに悩まされたが、今回は藤田さんと同じワールドマーチとしたのでマメ の心配は、全くありませんでした。現地の物価は安く、二つ基のホテル泊などで航空料金 以外5万円はどですみました。
一人歩きでトラブルにあったとき、互いに連絡するのに 公衆電話は故障が多く、携帯電話があったらと思いました。駅のインフォメーションの 近くにはボン引き風の男がおり、英語を少し話し、親切ぶって案内し、怪しげなところ に連れて行かれる恐れがあります。しかし全体的には親切なひとびとでした。
 藤田さんには旅の仕方を教えてもらい、失敗しながらも楽しい旅でした。ルーマニア の次の区間もいきたい気がします。その次のブルガリアはキリル文字でチヨット面食ら いますが、勉強を始めました。どなたか、ぜひ一緒に行きませんか………。
 その後、写真を送ったエルミチおじさんからクリスマスカードと英文の礼状が二人に 届きました。